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硫黄島からの手紙 [シルバーウィングでGO]

クリントイーストウッド監督の評判の映画、「硫黄島からの手紙」を見に出かけた。私の母の兄が戦死した激戦の映画である。そんな、つながりもあって、是非みたいと思っていたが、我が山の神が時間を合わせてくれた。

「あなた、ハンカチは用意したの。ハンカチよりタオルの方がいいかもしれないよ」
我が山の神は、最近涙もろい私をからかってくる。
「かもね」
硫黄島は現在は東京都の小笠原村に属する小さな島である。東京都から直線距離で1200㎞、北緯24度47分東経141度19分にあり、この激戦の時、2万の兵隊が島を守っていたという。
しかし、涙を流す場面はそれほど多くはなかった。激しい戦闘の場面が多く、「戦争の恐ろしさ」が前面に出ている映画だった。
涙が出そうな場面は、人の心と人の心が触れ合う場面だった。一番熱くなったのは、西大佐とアメリカの捕虜の会話の時だった。
それにしても、2万人の兵士がほとんど全滅した戦いは、むごいの一言である。
生に対してのわずかな希望を持つことも許されず、万歳を強要されて死んでいかねばならない兵卒の絶望が悲しかった。
おそらく、私の母の兄も無念の思いの中で死んでいったのではないだろうか。もしかすると、万歳と叫びながら。
なお、生きのびた僅か数百の人を責めることはできない。良く生き残ったことを誉め称えこそすれ、非難されるべき筋あいは全くないのだ。ただし、生き残ったことに、負い目を抱き続けた人はいるだろう。それもまた理解できそうな気がする。
ともあれ、明日から防衛庁が防衛省になり、若干のきな臭さがし始める。石原慎太郎が戦争映画づくりにのり出すなど、「いつか来た道」が気になるこの頃、我々に対する警鐘になる映画ではあった。
私の毋がこの映画を見たら一体、どんな感慨を持つのだろうか。

なお、太平洋戦争後もアメリカは戦争をし続けている。もちろん、自国内での戦闘は一度もない。
・朝鮮戦争 1950年6月25日 - 1953年7月27日停戦(形式的には南北朝鮮の戦争は終わっていない)
・ベトナム戦争 1960年 - 1975年
・イラクのクウェート侵攻に伴う湾岸戦争 1991年1月
・アフガニスタン侵攻 2001年10月
・イラク戦争 2003年3月~
http://www008.upp.so-net.ne.jp/bunkoh/


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